投資化学者の企業研究

個人投資家としての数年来の経験を生かして,企業研究ブログをしています.

2018年版 旭化成 企業研究【基本編】

決算資料を読み解き,旭化成の企業研究を行いました.【基本編】では,旭化成の事業内容や業績を分析しました.学生や投資家の皆様の参考になれば幸いです.

また,【応用編】では貸借対照表損益計算書キャッシュフロー計算書を詳細に分析する予定です.こちらは投資家の皆様の参考になれば幸いです.

 

旭化成の売上高・営業利益

売上高・営業利益ともに着実に増加させており,営業利益率は大きく向上している.

詳細は後述するが,①アクリロニトリルを始めとした基礎化学品の市況改善,②リチウムイオンバッテリーセパレーターの増産,③医療機器メーカーzollの収益貢献,が挙げられる.

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旭化成のセグメント別売上高・営業利益

マテリアル・住宅・ヘルスケアの3セグメントによって構成される.旭化成の特徴として「超多角化経営」が挙げられる.一般的に,多角化経営はどの事業も中途半端になりがちで,株式市場・投資家には評価されないことが多い (コングロマリットディスカウント) .しかし,筆者個人の見解では,旭化成多角化した事業を上手く組合せ新事業を立ち上げようとする気概に溢れていると感じる.これも最後まで読めばご理解頂けるだろう.

では,各セグメント別に事業をみていこう.

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マテリアル事業

売上高は一定であるが,営業利益が増大しているため営業利益率は向上している.

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マテリアル事業は繊維,ケミカル,エレクトロニクスの3部門により構成される.

祖業の繊維部門は売上高・利益の面では傍流事業になっているが,ここで生まれた技術はセパレーター・フィルター・濾過膜などに生かされている.また近年では,繊維事業で培った技術を用いて,セルロースナノファイバーを開発している.セルロースナノファイバーは樹脂と複合させることで,高強度複合樹脂を作製出来るため,自動車部材などの用途が期待されている.このように,既有技術から新たな価値を生み出す力が旭化成の強みだと筆者は考えている.

ケミカル部門は基礎化学品から,高機能品まで様々な製品を取り扱っている.基礎化学品としては,アクリロニトリルMMA,スチレンモノマー,ポリエチレンなどが挙げられる.高機能品としては,低燃費タイヤ用合成ゴムS-SBR (世界シェアトップ) などが挙げられる.

アクリル繊維や炭素繊維の原料であるアクリロニトリルは需給がひっ迫しており,価格は2017~2018年にかけて3割上昇.そのため,収益性改善によって営業利益率は大きく増加している.(一方,炭素繊維メーカーである東レなどには逆風.) これが上記の営業利益率改善に効いている.

水処理用濾過膜「マイクロ―ザ」も好調.世界的な水不足の解決手段として実用化されている逆浸透膜海水淡水化技術において,前処理用膜として利用されている.また,上下水道の処理にも広く利用されている.

エレクトロニクス事業は高付加価値品を数多く取り扱っている.

リチウムイオンバッテリー用セパレーターは2017年世界シェア16.7%でトップ.(2位は上海エナジー9.8%,3位は東レ9.5%.) 特に近年は電気自動車向けのものが伸びている.稼ぎ頭であり生産能力を増強中.

一方で脅威もある.トヨタ自動車が主導して開発を進めている全固体電池は,既往のリチウムイオン電池よりも高耐久性であるため,車載用としての利用が期待されている.この全固体電池はセパレータ-が不要であり,実用化されれば旭化成のセパレーターが売れなくなる可能性もある.そうなれば,旭化成の業績に大打撃.

ただ,旭化成も手をこまねいている訳ではなく,トヨタ自動車の全固体電池開発プロジェクトに参画し,二兎を追っている.

また,エレクトロニクス事業では,電波によって障害物を検知するミリ波レーダー用の大規模集積回路(LSI)の生産も行っている.これは自動運転に必要不可欠な技術であり,市場拡大が期待されている.

世界シェア1位の電子コンパスも特筆すべき事業.

旭化成は繊維発祥ながら,化学品・半導体などの電気部品にまで事業を広げている.

 

住宅事業

非常に安定した収益を確保している.住宅は一定の需要があり続けるため,株式市場・投資家の間では安定したキャッシュフローを見込めるディフェンシブ銘柄とされる.旭化成もこの事業のおかげで,赤字を出さない会社として有名.

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2015年に子会社で杭打ち工事のデータ改竄が発覚したが,時の流れによって忘れ去られている.しかし,マンション建て替えに伴う約500億円の損害賠償請求がなされており,2018年10月現在も係争中.しかしながら,敗訴し賠償が命じられても,毎年約2000億円の営業利益があるので会社が傾くことはない.

 

ヘルスケア事業

文句なしの高収益事業.旭化成も力を入れている分野の一つ.医薬部門・医療部門・クリティカルケア部門の3領域によって構成される.

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医薬事業では医療用医薬品を製造・販売している.旭化成は整形外科を中心に新薬を送り出している.しかし,新薬の開発難易度は年々向上しており,専業メーカーですら経営体力を確保するため,合併を繰り返している.今後も画期的新薬を生み出し続けられるか...

医療部門では,人工肝臓として使用される透析膜・ウイルス除去フィルターを製造・販売している.ウイルス除去フィルターはバイオ医薬品や血漿分画製剤の作製時にウイルスを除去するために用いられる.バイオ医薬品の製造は今後も拡大すると思われるため,売上拡大が期待できる.なお,2017年12月には工場の増設を発表した.

クリティカルケア部門では,2012年に1800億円を投じて買収したアメリカ医療機器メーカーzollが好調.zollが販売している医療機関向け除細動器の売れ行きが良い.この部門は2018年では営業利益の10パーセントを占めるまでに成長.この一件で株式市場・投資家の旭化成に対する視線が変わった.昔は住宅事業を有するディフェンシブ銘柄とされることも多かったが,最近では積極的な事業拡大を目指す挑戦的なイメージが定着しつつある.

 

今後の注目ポイント:電気自動車関連

2017年5月には,電気自動車スタートアップGLMと共同開発したコンセプトカーを発表している.走行距離を稼ぐため,電気自動車にはガソリン車よりもシビアに軽量化が求められる.そのため,金属からプラスチック樹脂への代替が提案されており,多様なプラスチック樹脂を有する旭化成はこの分野に進出を目指している. (ちなみにGLMは250社と協力関係があるため,旭化成だけ特別に共同開発しているという訳ではない.)

ただ,旭化成に限らず全ての化学メーカーがこの成長市場を狙っている.しかし,旭化成半導体部品も手掛けるため,単なる電気自動車用のプラスチック樹脂部材メーカー留まることなく,センシングなど電気自動車全体を掌握できる可能性があると筆者は考えている.超多角化経営だからこそ出来るポジショニング.

2018年9月には,アメリSage Automotive Interiorsを約1200億円で買収した.これも上記の流れに沿ったものだと思われる.Sageは自動車用シート向け人工皮革などを手掛けており,欧米自動車関連企業に販売網を有する.旭化成の欧米事業拡大に期待.

 

今後の注目ポイント:スマート衣料

医療機器と衣服を融合したスマート衣料の開発は業界の新潮流であり,旭化成東レ東洋紡などが参入している.旭化成は2018年内に電導性繊維製品と医療機器を組み合わせた救急救命用スマート衣料を発売する予定.ここにも旭化成の有する繊維技術と半導体技術が融合している.

 

今後の注目ポイント:攻めのM&A

旭化成は2008年から,シリコンバレーやボストンと拠点としてベンチャーキャピタルVCを運営しており,既に15社の買収実績がある.こういった攻めの姿勢もzoll買収の成功につながっているのではないだろうか.

 

今後の注目ポイント:その他

日本では官民が連携して水素社会実現を推進しているが,ドイツも同様の試みを行っており,日本を猛追している.旭化成は日本とドイツの両国にて再生可能エネルギーを用いて水素製造を行う設備の研究開発を行っている.

材料情報科学 (マテリアルズインフォマティクス,MI) にも積極投資している.2017年7月には,旭化成住友化学昭和電工積水化学工業東レ三井化学三菱ケミカル・AGCの化学8社が,素材開発を行うためのAIを用いた特許・論文の分析技術開発で協力することを発表した.旭化成においては,MIを用いた添加剤の開発に既に成功している.今後,旭化成ではMIを活用できる研究員を100人程度養成する予定.

 

まとめ

いかがでしたか?筆者は旭化成の特徴である「超多角化経営」が協奏し,成長していく姿をイメージしています.就活性・個人投資家の参考になれば幸いです.